大判例

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東京地方裁判所 平成6年(ワ)4554号 判決 1996年2月27日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

上田誠吉

西嶋勝彦

坂勇一郎

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

浜秀樹

山田利光

被告

佐藤文哉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年三月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、いわゆるKDD事件に関して業務上横領事件で起訴された被告人(本件原告)が、その第一審における裁判長の訴訟指揮によって公判の最終段階で公判調書の立証趣旨に関する記載等の書換えを遡って行わせ、その結果、当初から書換え後の立証趣旨で証拠調べ申請がなされたかのような外観を作出して、原告の変更後の立証趣旨に対する意見陳述の機会を奪い、かつ、公正な裁判を受ける権利を侵害したものとして右裁判長及び国を被告として損害賠償を求めたのが事案の要旨である。

一  争いのない事実等

1  原告は、昭和五五年四月二六日、業務上横領の罪で東京地方裁判所に起訴された(以下「本件事件」という。)。

2  本件事件の第一審は、東京地方裁判所刑事第七部で審理され(以下「本件第一審」という。)、公判の回数は合計九〇回に及んだが、第二六回から第九〇回までを被告佐藤文哉が裁判長として公判を運営した。

3  昭和五九年一一月一四日の第八七回公判において、立会検察官小木曽国隆検事から、以下のように立証趣旨の追加、変更等の請求が行われた(甲九)。

(一) 従来「商品名の特定」という立証趣旨のもとで取調べてきた各証拠につき、その立証趣旨を「レジ番号等による売場名の特定」と変更する。

(二) 従前証拠物として取調べが行われていた「役員局部次等交際費関係書類」等五一点について刑事訴訟法三二三条の書面として改めて証拠請求し、そのうち三五点については従前の立証趣旨を変更する。

(三) その他二〇点の証拠についてその立証趣旨の公訴事実の部分の訂正、追加を請求する。

4  これに対して、本件第一審は、前記3(一)ないし(三)にそれぞれに対応して、別表(一)ないし(三)記載のとおり立証趣旨の追加、変更等を従前その証拠請求が行なわれた公判期日に遡って追加、変更することとした(ただし、別表(二)は前記3(二)に対応する部分の一部。)(甲三ないし八、弁論の全趣旨)。

5  本件第一審は、昭和六〇年四月二六日、原告に対し、懲役一年六月、執行猶予三年の判決を言い渡した。

6  これに対して、原告及び検察官双方が控訴を申し立て、東京高等裁判所第一二刑事部に係属し、約六年にわたって審理され、平成三年三月一二日、原告に対し、懲役一〇月、執行猶予二年の判決を言い渡した。

7  これを不服として原告は最高裁判所に上告したが、最高裁判所は、平成六年一〇月二四日、上告を棄却し、本件事件は確定した(乙二)。

二  争点

1  被告佐藤の指示による公判調書の書換えの有無及びその違法性

2  損害の発生及び因果関係の有無

3  被告佐藤の個人責任の有無

第三  当裁判所の判断

一  争いのない事実及び各所掲記の証拠により以下の事実が認められる。

1  本件において、原告の主張するように証拠等関係カードに関する公判調書(以下「本件調書」という。)が遡及して書き換えられている部分があることについては別段当事者間に争いはない(ただし、記載が変更された時点において、既に本件調書が完成していたか否かについては争いがある。)。

2  原告は、本件第一審判決に対する控訴理由の一つとして、本件調書の書換え行為は、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反にあたり、右判決は破棄されるべきであると主張していた(甲二)。

3  ところが、第二審判決は、本件調書の書換え行為のうち、「商品名の特定」を「レジ番号等による売場名の特定」に書き換えた部分(別表(一))については訴訟手続上違法な措置ではあるが判決に影響を及ぼさないとして原告のその点に関する控訴理由を排斥している。

ただし、第二審判決は、本件第一審判決が有罪と認定した部分の一部を破棄し、その部分の無罪を言い渡し、結果として刑の軽減がなされているが、その理由とするところは、原告が本件において主張する調書の書換えと何ら関係が認められない(甲二)。

二1  前記争いのない事実及び右認定事実によれば、本件第一審判決は、原告の控訴及び上告にもかかわらず、一部、刑の軽減という変更があったものの、その部分は、本件で原告が問題とする調書の書換えと何ら関係のない部分であり、右書換えに関する部分は何ら判決に影響を及ぼすものではないとして取り消されることもなく、有効に確定していることが明らかである。

2  そこで、有効に確定した判決について、その違法性を別訴である国賠訴訟という形で追及することが妥当であるか否かを検討することとする。

(一) 有効に確定した前訴を国賠訴訟の審理対象とすることについて、前訴の裁判と前訴の違法性を問題とする国賠の裁判とは、制度及びその審理の対象を異にするものであり、司法制度の本質や三審制度の本質にもとるものではないこと、更には、公権力の違法な行使から国民の権利を救済することを目的とする憲法一七条の趣旨に沿うものであるとして、これを積極に解することも可能である(以下「積極説」という。)が、当裁判所は、左記理由によりこれを是認することはできない。

(1) まず第一には、当該裁判に不服もしくは誤りがあるとする当事者は、上訴の申立によって、その不服の救済及び誤りの是正を求めることができるのであり、仮に当該裁判が確定したとしても、更に再審制度によってその不当性を訴える道が残されているのであるから、かかる手続を踏まないで、直ちに前訴の当不当を当該手続と異なる別訴の国賠訴訟に訴えることは、憲法の定める適正手続からみても、その不当性は明らかであるというべきである。

また、上訴・再審においても認められずに確定した裁判については、裁判制度の本質上、法的紛争の公権的解決方法として最終審の判断に確定の効果を付与しているのであるから、他にその不当性を繰り返して訴える道はなく、当然のことながら、制度目的の異なる国賠訴訟においても、後記のとおり、結局はその実体が前訴の蒸し返しにすぎないことに鑑みると許されないと解するのが相当である。

(2) 第二には、積極説は、違法な行政処分について、その取消しを求めることなくその処分の違法性を国賠訴訟で追及できる以上、確定裁判に対しても、同じ公権力の行使であるから、行政処分と区別すべき理由はないとするが、同じ公権力の行使と見られる行政処分と裁判手続とは、本質的に全く異なるものであることを看過してはならない。

行政処分は、常に後見的、潜在的に裁判所の司法的審査の対象となっているのであるから、その取消しをまつことなく、国賠訴訟の対象となったとしても適法手続違背の問題は生じないが、前述したとおり、裁判は、制度として当該手続の中における控訴・上告という三審制による救済制度を設けて、その当不当を争うことが許されているのであるから、一般の行政処分と同列に解して、右手続による救済を求めないで短絡的に国賠訴訟においてその違法性を追及することは相当でないというべきである。

(二) 右のとおり、確定裁判に対する国賠訴訟を認めるべきでないと解するとしても、違法な公権力の行使によって被害者となる国民の権利を救済しようとする憲法一七条に違反することにはならないのみならず、かえって、国賠訴訟の対象となるべき裁判について、上訴もしくは再審で取消されたものに限定すると解することによって、確定裁判に対する単なる不満を国賠訴訟に求めようとする不当な濫訴を防ぎ、その結果、真に国賠において違法性を問うべき事案に対し、裁判所の充実した審理を期待することができるのであるから、実質的に国民の権利補償につながるものと言うべきである。

(三) 有効に確定した前訴判決について、国賠の違法性を問いうることが明らかにあるとすれば、まずもって再審によって、かかる確定判決の取消しを求め、その取消しをまって国賠訴訟を求めることこそが前記法制度の予定する適法手続であって、再審の手続を踏まないで、短絡的に国賠訴訟に持ち込み前訴の有効性をそのままにして別訴でその当否の争いを認めるということは、前訴の有効性(適法性)を三審制度の枠外で審理するということになり、まさしく裁判制度の予期しない事態を招来し、裁判所自らが裁判の独立を侵す結果に繋がるものといわざるをえない。

換言すると、前記のとおり、先に確定した裁判と国賠裁判が、制度的に、その目的を異にするといえても、実際には、国賠訴訟における争点が、確定判決についての不当性の存否であることに鑑みると、結局は、確定した前訴の蒸し返しに終始することとなり、前訴の裁判の独立を侵害する結果をもたらすものであって、何故に三審制度を設けたのか、その意義を失う結果にもなりかねないのである。

(四) しかしながら、右のように国賠訴訟の対象を、上訴・再審で取り消された判決に限定すると、裁判官が違法又は不法な目的をもって裁判をしたような場合にも上訴・再審手続の経由を求めることになり、国民の権利補償を害することになると考えられないこともないが、そのような判決の場合には、当然に上訴・再審で取り消されることは明らかであり、いずれは、その無効性は、上訴・再審手続において確認されるほかないのであるから、かかる場合を仮定の問題(希有なことでもある。)として検討する必然性はないものというべきである。

3 以上によれば、原告の本件請求は、前記認定のとおり、本件第一審の手続上の過誤を問題にするものであり、第二審において本件調書書き換えが訴訟手続上違法であるが何ら判決結果に影響を及ぼすものではないとされて確定しているのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告国に対する請求は理由がないものというほかない。

三  ところで、原告は被告佐藤個人の責任を民法七〇九条に基づいて求めているが、公権力の行使に当たる国又は地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該公務員の所属する国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって公務員個人は民法七〇九条による賠償責任を負わないと解されるのであるから、原告の被告佐藤に対する請求はそもそも理由がない。

四  結論

よって、その余の点を考慮するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がないから棄却することとする。

(裁判官村田鋭治 裁判官川上宏 裁判長裁判官澤田三知夫は転補のため署名押印できない。裁判官村田鋭治)

別紙(一)(二)(三)<省略>

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